第1節序論
1.1 はじめに
今日における対内直接投資企業は年々増加傾向にある.直接投資は貿易に並び,
国家間の経済活動において重要な要素を占めつつある.特に,海外直接投資の受
け入れ国にとって直接投資は国内経済にプラスの効果があると考えられている
ため,国の経済政策の一環として直接投資誘致に力を入れている国も多く,その
効果を実証するような研究がなされている.その一方で,対内直接投資率(対内
直接投資/GDP)は他の先進国の数字に比べ低く(表1),海外からの否定的な意見も
みられる.それに対し,Lawrence(1993)は,「系列が対日直接投資の阻害要因で
ある」ということを示した.
対日直接投資の低水準という問題を考える上で通商産業省(現在の経済産業省)は
「外国企業自身が何を対日直接投資の阻害要因と考えるか」の調査結果を示して
いる(表2).
阻害要因の多数は「土地,家賃価格の高さ」となっている.阻害要因の系列に関
しては先の Lawrence(1993)やFrooy, Stein(1991)の研究による「直接投資と為替レ
ートの関係」がほとんどを占めており,「土地価格と直接投資の関係」について
は直接触れられてはいない.竹森ら(1997)は企業レベルで日本の土地価格と外資
系企業純資産との相関について実証している.
本論文では,対象を土地価格と新規参入件数に注目し,また,外資系企業の新規
参入の約 75%が東京都内であるという事実からその中の東京 23 区内のデータを
用いて分析を行う.
1.2 目的
本論文では,東京にある外資系企業に焦点を当て,各地域内の年別の地価の値と
新規の製造業の進出の有無が新規参入企業数に影響を及ぼすかどうかについて回
帰分析を行う.新規参入を目指す外資系企業に対しどのような要素が強い影響を
与えるかについて考察を行う.
第2節分析の概要
2.1 分析手法
本論文の最大の目的は,東京の地価が新規の外資系企業誘致にプラスの効果が表
れているかどうか確かめることにある.これを最小二乗法による回帰分析を用
いて検証を行う.回帰式は以下のように想定する.
Entryij :新規外資系企業参入件数
Tokyoij : 地価(円)
Productij : 参入企業の中に製造業が少なくとも 1社以上含まれているかのダミー
変数.1は含み 0は含まない.
i : 年次,j : 東京 23 区内の各特別区
海外直接投資の研究で多く用いられている為替レートの指標はしばしば時間のラ
グをとっているが,本論文では,地価変動が為替レートよりも時間に関して直接
的に影響を及ぼしていると判断し,タイムラグを取らない式を想定する.また,
製造業の本社が工場立地の場所であるその他の 46 道府県であったとしても,東
京都内に日本支社を構えるのではないかという見解は,概ね製造所立地の地域に
構えると仮定して分析を行う.製造業の定義は,統計局の定める日本標準産業分
類における[F]製造業の記述に即し分類を行う.製造業の一覧は記載量が多いの
で割愛する.
2.2 分析データ
データは 23 の特別区,年次別のデータである.観測期間は公表の行われている
2000 年から 2011 年までの 12 年分のもの,総サンプル数 276 個の値を使用した.
地価に関しては,国土交通省土地総合ライブラリーの掲載データ,外資系企業の
各データは『外資系企業総覧』および経済産業省『外資系企業動向調査』による
年次別の掲載データを用いた.
2.3 仮説
(1)式によって検証しようとすることは,東京の地価が新規外資系企業の参入に
有意に説明ができるのか,ということである.以下,各説明変数との期待効果を
述べる.
・東京 23 区内の地価が上昇することにより,外資系企業が日本で新規事業を行
うことへの働きかけの大きさが増すと判断し,プラスの効果を期待する.地価
が上昇すればするほど積極的に直接投資を行うことと判断する.
・製造業と非製造業の企業では,非製造業のほうが積極的に東京での新規事業に
アプローチを試みると予想し,マイナスの効果を期待する.製造業は都内よりも
郊外の工業地帯での企業設立が望ましいと判断する.
第3節結果
3.1 分析の結果
回帰分析を行った結果を表 1に示す.
<Tokyo_ij>
回帰係数の値は 1.56E-05 となり,0に近い値をとった.しかしながら,p-値は
1%の有意水準で棄却された.係数の値の小ささは地価の単位によるものである
と判断できる.また,符号は正であるから,地価の価格が大きくなるほど新規参
入の件数が増加することがわかる.
これは,以下の理由によるものであると説明できる.東京 23 区の中でも極めて
地価の高い区は千代田区である.千代田区は,日本の省庁が多く集まる区間であ
り,おのずとそこへ新規参入する企業はある程度総資産の高いところになる.外
資系企業自体がもともと総資産の高い企業の集合であるから,地価が高すぎて参
入を憚るという解釈であるよりも千代田区のような高立地価値のある場所へ日本
支社を構えることによって,企業ブランドの価値を高める要素の方が強いとい
うことになる.
<Product_ij>
回帰係数の値は 10.096 と正の値をとり,p-値は 1%の有意水準で棄却された.正
の値であるから,新規参入の際に製造業が表れているとその地域内での参入件数
は多くなることがわかる.その理由として,各特別区間の新規参入件数から,も
ともと件数の大きな区(千代田区や港区)と,少ない区(足立区や江戸川区)で製造
業が進出していないケースが多くみられた.そのため,特別工場などの設備を足
立区などで設置したところで,その地域は東京都の片隅のエリアであり,横浜や
名古屋のような大工業地域ではない.つまり,そこに日本支社を置くメリットは
何もない.このため,結果として進出件数の大きな区がダミー変数 1となるケー
スが格段に増えた,ということになる.
決定係数は 0.463 であり自由度調整済み決定係数は 0.459 であった.
第4節結論
4.1 本論文の結論
本論文では,近年盛んになってきた対内直接投資の流れを受け,日本に対する外
資系企業に焦点を当て,過去 12 年分の東京特別区の地価データおよび製造業の
参入状況から,外資系企業の新規参入に関する影響について回帰分析を行うこと
を目的とした.
以下,本論文で明らかになったことを述べる.
l 東京 23 区の地価の上昇は,新規企業参入にプラスの影響をもたらす.外資系企
業は地価の大きい場所であるほど,支社を構えることに対するブランド価値を望
んでいる.
l 製造業が新規参入を行うとき,参入数の母体数の大きい地域に集まる傾向があ
る.東京 23 区内では地価の低い地区に日本支社を構える必要性はかなり低く,
件数も少ない.
新規参入を目指す外資系企業にとって,日本の高い地価はハイネックな要素であ
る.積極的な対日直接投資を行うにあたり,阻害要因として家賃などの不動産コ
ストは考えなければならない問題である.日本の経済規模の観点から,特に東京
においては直ちに参入しやすい地価の水準に達すると到底考えられるものはな
い.本論文で明らかになった事柄を踏まえると,東京は現在でも大資本をもつ外
資系企業にとっては大変魅力的なブランド価値を持ち合わせている.今後はそう
いった利点を生かし,より地価に見合った投資先となる地域へと成長する必要が
ある.
参考文献
1) Lawrence, Robert. (1993) “Japan’s Low Levels of Inward Investment : The Roles of
Inhibitions on Acquisitions,” in K.A.Froot (eds.), Foreign Direct Investment, Chicago:
University of Chicago Press.
2) Froot, Kenneth A. and Stein, Jeremy C (1991) “Exchange Rates and Foreign Direct
Investment : An Imperfect Capital Markets Approach,”The Quarterly Journal of
Economics,1191-1217.
3) 竹森俊平・中野英夫 (1997) 「高い地価は対日直接投資の阻害要因か?」『三田
學會雑誌』, 90(2), pp.257-281.
4) 東洋経済新報社. (2011) 外資系企業総覧(CD-ROM), 週刊東洋経済.
5) 統計局. (2008) 日本標準産業分類, 統計局.